こだわりのトンボさがし

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 その名が示す通り、世界中で四国だけに分布しているトンボです。トゲオとは「棘尾」の意味で、オスの腹部第9節背面にトゲ状の小さな突起があることに因んでいます。いわゆるイトトンボ体形で、全長4cm前後、海岸に近い産地では小形化し、山深い産地では大形化する傾向があります。体全体が黒地で胸部に黄色斑があり、成熟したオスの前額と肢(あし)は朱色、メスでは橙黄色をしています。本来ならハネを閉じて止まるイトトンボ体形ながら、ハネを開いたままで止まります。


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 この仲間は四国以南の南日本で見られますが、移動性が弱いこともあり地域による変異に富んでいることから、九州本土と屋久島に分布しているものはヤクシマトゲオトンボ、鹿児島県甑島に分布しているものはコシキトゲオトンボ、奄美大島に分布しているものはアマミトゲオトンボ、徳之島に分布しているものはトクノシマトゲオトンボなどといった具合に、種や亜種が分けられています。ちなみに、九州本土のヤクシマトゲオトンボは前額と肢の色がシコクトゲオトンボよりも淡く、腹部の各節々に黄白色の帯が入っています。


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宮崎県産 ヤクシマトゲオトンボ♂
宮崎県産 ヤクシマトゲオトンボ♀

 幼虫はイトトンボ科のキイトトンボ属にも似た太短い体つきで、体の割には大きな頭部と、3枚の尾鰓を持っています。この尾鰓の一枚一枚は、木の葉のような形ですが、中央のものがよく盛り上がっていて、全体はボールを半分に割ったような形となっています。


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終齢幼虫

 この仲間で最大の特徴を挙げるなら、ドラキュラのごとく日光を嫌うということでしょう。もちろん、正しくは湿気の高い所でなければ生きていけないから、ということになりますが。本来、トンボは明るい太陽がお似合いの昆虫です。ところがトゲオトンボの仲間は、昼なお薄暗い陰湿な空間に、しがみつくようにして暮らしているのです。



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 シコクトゲオトンボは山間地の、木立に覆われたごく浅い流れに生息、成虫は5月中旬から9月上旬にかけて見られます。幼虫は、他の大多数のトンボとは異なり水中に入ることなく、ごく浅い流れの中で体の大半を空中に露出させて暮らしています。従って、この幼虫を網で捕獲することは極めて困難、と言えるでしょう。なお、幼虫が生息する「浅い流れ」は多少の降雨で増水することなく、逆に多少の日照りで沢涸れしてもいけません。つまり、保水力に長けた豊かな森林がトゲオトンボの仲間を育んでいるわけです。言わば、トゲオトンボは豊かな森の化身でもあるのです。
 さて、いよいよシコクトゲオトンボ生息地の見つけ方ですが、実は四万十川流域では標高1000mを越える高山の渓谷から、僅か数mの海岸沿いの小流まで、どこででも見つけることができる極々普通の、というよりも数多く生息しているトンボの一つなのです。本会が把握している近隣の生息地だけでもすでに百箇所以上、正確な数は想像も及びません。とにかく、中山間地の林道であれ、国道沿いであれ、山林から生じた薄暗い流れを見つけたら要チェックです。



こだわりのトンボさがし

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四万十市 佐岡 四万十市 森沢 三原村 狼内
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土佐清水市 足摺半島 窪津 土佐清水市 足摺岬 土佐清水市 足摺半島 臼碆
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愛媛県 宇和島市 滑床 梼原町 地芳峠 四万十市 大名鹿


 ただ、植林地と降雨後には注意が必要です。前者の場合には、元々生息していたとしても、植林前の伐採によって絶滅しているかもしれませんし、後者では渇水時に沢涸れするような環境かもしれない、という可能性があるからです。




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 幼虫は谷水が伝う岩肌や転石の隙間、あるいはジャゴケの隙間や朽木の裏側などに張り付くように潜み、気付かずに近寄ってきたヒラタカゲロウなどの幼虫を捕食しているものと考えられています。冬季には物陰でジッとしていますが、気温が高い時期には伝い歩きするように岩肌を移動する姿も観察できます。
 なお、卵から羽化までに 2〜3年かかるものと考えられていますが、比較的温暖な海岸沿いの生息地では、寒冷な深山の山地よりも早く成長できるはずで、これが体長の差につながっているのかもしれません。
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浅い流れに生息する終齢幼虫


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 四国南部で羽化が始まるのは低地では5月中旬、山間の高所では6月上旬からです。羽化開始時刻はおおむね早朝からで、午前10時ころから正午前にかけ処女飛行するものが多いようです。羽化は直立型と倒垂型の中間のようで、肢を抜き出した後の休憩スタイルは直立に近く、翅(ハネ)の伸び方は全体が一様に広がっていく倒垂型に近いようです(北海道大学図書刊行会 原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑 P.317参照)。
 羽化を終えた新成虫は水辺から少し離れた林床部に移動し、摂食活動を中心に成熟するまでの期間を過ごしています。


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羽化中の♂
羽化中の♀


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 オスは羽化から1週間ほどで成熟し、水辺に戻ってきます。流れのそばで、植物の葉上や枯れ枝に静止して、産卵に訪れるメスを待ちます。他のオスが接近してくると直ちに飛び立ち追い払おうとしますが、なわばりエリアが重なっているなど、お互いの力関係が拮抗している場合にはボクシングのような「なわばり争い」が勃発しますが、その動きはかなり緩やかで、何となく太極拳の練習を連想させられます。このような行動は少雨決行で、朝早くから日没近くまで続きますが、何かに止まってなわばりを守っているオスは、指先だけで捕まえられるほどの「のんびり屋さん」です。メスは成熟後も、未熟成虫が見られる林床部で大半の時間を過ごしています。


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なわばりを見張る♂


 なわばりを守っているオスが、産卵に訪れたメスを見つけると直ちに連結、移精と交尾を行います。交尾時間は十数分のことが多く、終了前になるとオスが体を大きく揺すります。


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移精
交尾

 交尾が終わると、小休止の後、メス単独で水際のコケ類や朽木などに産卵しますが、オスは近くでこれを警護します。また、老熟メスでは、交尾を終えた後、植物組織内に産卵することなく、何かに静止したまま空中から放卵する、「遊離性静止産卵」を行うことも知られています。
 なお、生殖活動の大半は晴天の日中に行われますが、陰湿な環境の中で産卵するメスの翅などが湿り過ぎることなく、外敵からの逃避など少しでも円滑な活動ができるよう、周辺の乾燥した状況を選んでのことと推察されます。


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植物組織内産卵
遊離性静止産卵


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 シコクトゲオトンボ自体の捜索はさほど難しくありませんが、その生息環境はマムシが好む環境と一致しています。足元はもちろんのこと、トンボを追って崖に手をかけたりする際には十分注意して下さい。
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マムシ

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 豊かな森林環境を象徴するシコクトゲオトンボ。地球規模での自然環境破壊が懸念される昨今、さぞ厳しい状況に追い込まれているのでは、と思われるかもしれません。もちろん、高速道路の整備などで破壊されたに違いない生息地もあるはずですが、全体的に見回せば、むしろ増加傾向にあると言っていいでしょう。特に足摺半島に至っては、もはや全域が生息地と言っても過言ではありません。ただ、これは地域の人々が自然を大切にしてきたからというよりも、ムカシトンボなどと同様に、適度な人手が入らなくなったことによる里山環境の崩壊や放置林増加が主要因なのです。
 例えば、山間で棚田が耕作されていた時には、日照や用水の確保を目的に周囲の山林は適度に伐採されていました。そんな時代の水田ではカトリヤンマやミヤマアカネが、日当たりのいい渓流にはミヤマカワトンボやヒメサナエなどが活動していたわけです。
 そして、放置されるだけならまだしも、人手を失った棚田は大抵は「ほったらかし」にされてしまう杉やヒノキが植えられることになります。そこが10年も経てば薄暗い陰湿な環境となり、谷奥でひっそり暮らしていたシコクトゲオトンボが新たな新天地を目指し次々と移住して来るのです。先述の足摺半島の場合は、国立公園として過剰と思えるほど自然を大切にしてきた結果、全域がシコクトゲオトンボの楽園と化してしまったという次第。代わりに、かのミナミヤンマはすっかり減少してしまいましたが。


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シコクトゲオトンボが進出してきた小流

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 もはや「職業に貴賤なし」は昔話。世界中が経済競争に明け暮れる昨今、人々は少しでも効率的に(早い話、楽に)大金を得られる職業を求め奔走し続けているようです。その結果、価値観は均質化の一途で、今やどこの町に行っても見覚えのある看板ばかりが目に付きます。「本当に、ここは四国なのだろうか?」と不安になった時(そんなことを考えているヒマもないかもしれませんが…)、シコクトゲオトンボの姿を見て、ご自身の居場所を再確認していただけると幸いです。




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